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正しく生きるための実践マニュアル

「自分を生きていない」と気付いた人の為の道標が、今ここにある。

火は小さいうちに消す

たとえば、電車の中で足を踏まれて
「痛い!」という体験をしました。

そのとき
「この人は、わざと踏んで謝りもしない」と思った。
としましょうか。

「この人は、わざと踏んで謝りもしない」と、
その人は思いました。。

けれど、思っただけで、事実かどうか、
はっきりしませんよね。

「わざと踏んだのですか?」と尋ねたら、
いろいろと反応はあるでしょう。

また「踏んだ」と気づかなかったから、
謝らなかったのかもしれませんよね? 
謝って貰えていたら、後にまでひかず、
終わったことなのでしょうが。


「わざと」というのは、
もともと自作なのですよね。
これは、完全に創作なのだけれど、
その自作に自分が騙されてしまう。

ただ「踏まれた」だけでは、
被害者として単純過ぎるし
「私の苦しみ」が、軽いでしょ?

なので、わざわざ重くして、
相手を責めたいのでしょう。

のしつけて~というヤツね、、
自作するときって、それによって
得をするからですね。

そこまでしなくていいのに・・・
ということを、やる。
問題は、それによって大きくなります。